« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

2012年2月

2012年2月28日 (火)

荘内の皆様が土曜日おいでになります。

タイトル---荘内の皆様が土曜日おいでになります。第1166号(火)

 第27次 西郷先生の遺徳を訪ねる旅、荘内南洲会旅行団のご一行様が土曜日円心会道場を訪問してくれることになりました。

 その為資料つくりにテンテコマイです。その前日はサンロイヤルホテルで交流会があるため、座席表を作ったり、皆様に配布する名簿づくりに多忙を極めているのです。出席します、と言ってから欠席します、とコロコロ代わり何回も何回もパソコン修正をし、そしてコピをし、とそれはそれは大変です。本人は楽しんでやっているのです。寒くても風邪をひく暇がないくらいです。

 今朝、サンロイヤルホテルから電話があり、内山さんが私の電話番号が分からないから、携帯に電話して欲しいとのことでした、と言ってきました。電話番号は控えていたので、すぐ連絡したら、交流会に出席できなくなったと言いました。承知しました、と伝えました。

 ところがこの御仁、一週間前に出席しますといってFAXがきた人なのです。都合が悪くなりましたとFAXをすれば済むことなのに、サンロイヤルホテルにどうして電話したのでしょう。

 元教員であらせられたと伺いましたが、ボケたのでしょうか。いろいろな古武士の会に入っているやに伺いましたが、全く意味が分からないのです。

 でもどういうことがあっても、怒らず、怨まず、前向きに仕事をすることが健康増進につながるのだ、と思いせっせと取り組んでいます。

| | コメント (0)

2012年2月27日 (月)

女児の空手の舞。

タイトル---女児の空手の舞。第11654号 24.02.27(月)

 今日の空手の舞の稽古には、女児が一人来てくれました。大変有難いことです。最初に一人で舞ってもらいました。頭がよくて、美人で、精神が研ぎ澄まされている感じの小学4年生ですが、子供とは思えない舞に、人間の、人格の崇高さを感じとりました。

 日本空手道少林流円心会新春の宴を詠ずの漢詩に、「至人の臻」たちが集ってくれると表現しましたが、まさしく該当する人物だと思います。修行の年輪を経てどう開花するか、天が歓迎してくれると思います。

 思うに、どんな人でも諦めずに続ければ、そういう境地に達するのです。ただ、速い人、遅い人の差はあるのですが。

 この女児の強みはご両親が、心から賛同してくれるということです。普通、塾だとかは保護者が一所懸命になりがちですが、こういう修行こそが真の教育なのです。人を導くのです。以前、期待される人間像と題して人物づくりがあったと思いますが、それらはただ能力だけではないのだろうか。松下政経塾にしても然りだと思いますが。

 真の人間作りは、まずは指導者がその域に達していないと出来ないのです。何時も話しているのですが、空手修行は組手、型の技術的なことだけではないのです。修己治人が目的でなければならないのです。

 これは女児だけではないのですから、男の子どもさんも歓迎します。真の人間づくりの修行なのです。これらを甘くみて、突っ走っていった場合、天がどういう面倒をみてくれるかということです。真摯になりましょう。幸せになりたければ---。

| | コメント (1)

2012年2月25日 (土)

昨夜は南洲会勉強会がありました。

タイトル---昨夜は南洲会勉強会がありました。第1162号 24.02.25(土)

 昨夜の『南洲翁遺訓』は第46章~50章まで学習しました。学び続けて30年、何回読んでも新しい精神が蘇って参ります。これは変わることのない、変わってはならない人の道、いわゆる人間学だからです。

 連日テレビでは健康にあれがいい、これがいいと宣伝し、それに飛びついた人がよろしいですよ、と言えば、人が雪崩をうって動く。誠に笑止千万です。そういう品物は、私どもの幼少の頃は全くなかったのです。その事象は経済活動に資することであるから、一概に否定するものではありません。

 だが、短絡的に動くそのことが、資源の無駄遣いになるとしたら、天は看過しないでしょう。清貧にならされた人間のひがみではないのです。欲望が長ずると、争いになるからです。だから、子供をお持ちの保護者の方は、謙虚に、つつましやかに、そして剛毅に、日々を過ごした方が一番安全だと思うのですが、お聞きくださいますか。

 そして有意義な人生たらんと欲せば漢籍を繙くことだと思います。

 昨晩の勉強会に21歳の青年がきました。任意の所を読ませたら、音吐朗々素晴らしい朗読でした。帰りに青年に伝えました。私の年齢である70歳頃まで、貴方が学び続けたら、日本一流になるでしょうね、と。人間は、どういう人と出会うか、どういう書物と出会うかで人生展開の度合いが異なります。がんばってください、と。

.

 菅臥牛先生遺教の教えより

〈英雄豪傑の機に臨み事を作(な)すを、人皆迅速なるもののように思えども決して然るものにあらず。未然に謀り未萠に慮るものにて、寧ろのろきものと思う。それまでの深思熟慮決して容易ならざるものあらん。只その間は外に顕れざれば、人は知り得ぬ筈なり。機至り断行の時初めて人にも見え渉る故に、人唯神速なりと思いてその所以を知らざるなり。〉(小野寺時雄著『南洲翁遺訓』)

| | コメント (0)

2012年2月21日 (火)

門下生の作文。

タイトル---門下生の作文。第1158号 24.02.21(火)

 昨日はお墓詣りをしたりしてブログを書けませんでした。

 先の土曜日に門下生に作文発表をして貰いました。これは荘内の皆様が来たときに発表するものなのですが、どういう発表をするか指導をしたものです。かく申す私は、中学時代、高校と弁論大会に数回出た経験もあるので、指導をした次第です。

 その内容にびっくりしました。それは門下生が稽古に来ないものだから、なぜ来ないのかな、と思案していたことを払拭してくれました。

 母親様は私と会うたびごとに、道場での修行内容に満足していたのでした。子供は稽古にやります、と会う度ごとに言っていたのですが、子供がやってこないのです。

 その家庭では子供が稽古に行かないので、母親と子供の口論が絶えなかったそうです。しびれをきらした母親様が、それならきっぱり辞めるということでの挨拶に行こうということで道場にやってきたというのです。

 ところが、指導者の私が暖かく迎えてくれて、そして真剣に指導していることに心を打たれたとのことでした。その姿を確認した親子は、ここで空手をやめてはいけない、と思ったそうです。とにかく情熱の籠った指導に、門下生も母親様も深い感銘を覚えたと述懐しています。

 そのくだりを詳しく書いて、荘内南洲会の皆様の前で発表することにしているのです。思うに、指導者の多くは、真剣に、指導をしていると思います。ところが、指導者が学問を修め、それを教材として、門下生の今後に資するようにしているかというとそれは違います。多くは、ただ空手を教えているだけなのです。

 私が見てきた指導者で、処世の要諦に資する学問をしている人を寡聞にして存じ得ないのです。それでは、何の値打ちもないのです。長い人生に役立つものでなければならないのです。

| | コメント (0)

2012年2月16日 (木)

真理瞑想行について

タイトル---真理瞑想行について。第1154号 24.02.16(木)

 中村天風先生の書を繙き20年くらいになります。まだご存じでない方もおられるでしょうから、『運命を拓く』の冒頭部分をご紹介致します。天風師の本を自分で録音し、かねがね聞いているのです。一寸した戸惑い等が浮かんだ時、教えの言葉を口ずさむことによって、すぐ払拭できるのです。書店にはたくさん置いていますので、活用されては如何ですか。本を買って自分に取り入れるだけでお金はいりませんので、我々弱者にはとってもいいと思います。

〈真理瞑想行とは、人生に対する自覚と反省とをうながし、現在ある命をよりよく有意義に活かすのに必要な基礎的考えを、正確につくりあげることを目的としている。

 心身統一法の根本的原則の中で、最も重要なことは、心を絶対的に積極化し、精神態度を本来ありうべき姿に即応させることである。心を絶対的に積極化するには、その基礎的考えを正しくつくりあげることが必要である。そのために、人間の持っている暗示感受習性というものを応用し、独特の教え方で正しい悟りを開かせようとするのである。すなわち、万物の霊長たる人間の真の本領を発揮し、本当に生き甲斐のある人生を活きるのに必要な悟りを開かせるのが、この真理瞑想行の目的である。〉

.

 ここまでお読みになられたら、本を買いたいとお思いになるでしょう。是非、お求めになり、自身で活用して戴きたいと思います。私のブログでも紹介しましたが若手師範が『成功の実現』『盛大な人生』『心に成功の炎を』『いつまでも若々しく生きる』の四冊を購入し、連日学んでいるのです。

 思うに天風師は西郷南洲翁と同じ教えをしていると解釈しています。人間若い時は過ちもあるものです。でも社会人となってから学んだ良いことは、後輩に教えていいのではないでしょうか。そして努力を積み重ねれば、本人が驚くほどの境地に達すると思います。

 折角この世に生を得たのですから、意義ある人生にしたいものだと思います。子育てにお悩みの方は円心会道場においでくださいませ。おりこうになるのですよ。

 4.5歳の子供たちが南洲翁遺訓を朗朗と発表する姿は威容そのものです。これが燎原の火となることを願って、細々と続けて30年になります。

 

| | コメント (0)

2012年2月13日 (月)

青年テロがきました。

タイトル---青年テロがきました。第1151号 24.02.13(月)

 昨日午前中、青年19歳がやってきました。この男は十年前の門下生でした。小学校時代は素直で真面目な子供であったと記憶しています。

 丁度一年前もやってきました。昔、まじめであったので、忙しかったが、一時間ほど対応しました。基本的に私は人の話をよく聞き、相手にも穏やかに話しかけ、あ、そうと相槌を打ったりするものですから、いごこちが良かったのだと思います。

 昨年きたときは、まるで子供の話でした。女の子を友達と奪い合いをしたとか、志〇〇高校で先生方に無視されるとか、それこそ最低のお話だったのです。そして背中をけられ息も出来ない状況だとか、くどくど話したのでした。そういうくだらない話でも、空手の師匠がやさしく聞いてくれるから気持ちが良かったのだろうと思います。

 ところが昨日もくだらない話をしだしました。世の中景気が悪い、仕事があるかどうか心配だ、学校の先生からお前ら死ねと言われるとか、それはそれはくだらない子供の話でした。

 君は政治に興味があるのと聞いたら、政治は自民党も、民主党も、どの政党もだめだから、この先心配で、友達もみんな興味を持っていないと言いました。

 それでも生きていくためには前向きに考えないとだめでしょう。先生が死ねと言うときには反抗せず言わせておきなさい、聞き流しなさい、そういう先生は長くは生きないのだから。とにかくちっほけな事に拘らず、勉強しなさい、と諭しました。ウンと頷きました。

 そしたら、またまたくだらない話をしだしました。さっき言った話のぶり返しでした。そこで゜私が、お前は、私の先ほどの話のどこを聞いていたんだと、怒ったのです。俺は四六時中勉強で多忙なんだ。お前のそういうくだらない話を聞くために時間を空けたのではないんだ。お前の話は小学生程度だ、もっとましな人間になるため、漢籍を読むとか勉強しろ、と怒ったのです。

 帰って真剣に考えなおして出なおしてこい、と怒鳴りつけて帰らせたのです。72歳の老人からみたら全くの子供です。でも原田力という門下生は同年代だが、私と話し合える人間に成長してくれました。

 人間に大事なのは素直さです。意味もない話をクドクドと言い、相手に迷惑をかけるのはテロ以外の何物でもありません。この子が素直に考え直し、お話を聞かせてくださいと言ってくれば成長するでしょうが、はて、どうなることでしょう。

 先日、宮城県の32歳の青年は、一心に勉強します、と宣誓に似た心境を吐露した手紙を私に送ってくれました。とにかく学ぶに如かずなのです。

| | コメント (1)

2012年2月 9日 (木)

仙台市在住の方からお手紙戴きました。

タイトル---仙台市在住の方からお手紙戴きました。第1146号 24.02.09(木)

 仙台市に在住の方から、拙著『礼節のすすめ』を三回読みました、とお手紙を昨日いただきました。これは荘内のある先生が、仙台にお住まいになっておられる方にお送りされた模様です。どなたであれ、拙著を手にとられお読みいただくということは有難いことだと思っています。

 拙い作品ではありますが、人様が生きて行く上において参考になるとすれば、これほど光栄なことはありません。他人が書いた本が自分の人生の心の支えになるという感想を賜れば著者として喜びこれに過ぎるものはありません。

 

 これからもいろいろ漢籍等読みたいと書いていましたので、『論語新釈』『学問と武道のすすめ』(拙著)、そして新年の挨拶を書いた迎春二点、ノート二冊を先ほど書留便でお送りして参りました。

 人間の一生はさまざまです。若い時、一寸躓くこともありますが、その試練を乗り越えて、それからの人生に向けて努力すればそれでいいのではないでしょぅか。済んだことは仕方ないのですもの。

 一流大学を出て、偉いと言われる官僚になって、自分だけ高給取りをして知らぬ顔をしてる人も数多いるようです。そういう社会風潮に対して、若い人々にも、生きる愛の光を与えなくてはならないと橋下市長は立ち上がろうとしているのだと解釈しています。

 国民のみなさん、今が蹶起する時です。大きな怒りを爆発させてください。そして蹶起してください。

 その行動は、霞が関に集団デモをかけるのではなく、静かなる行動として投票行動に参加することです。デモで暴動を起こせば、治安維持にあたる警察官の方々に迷惑をかけることになるのです。警察官の方々も、家族がいるのです。よい国にするた頑張りたいものです。

| | コメント (0)

2012年2月 8日 (水)

治世に処しては宜しく方なるべく『菜根譚』

タイトル---治世に処しては宜しく方なるべく『菜根譚』50。第1145号 24.02.08(水)

 『菜根譚』50

〈治世に処しては宜しく方なるべく、乱世に処しては宜しく円なるべく、叔季の世に処しては当に方円並び用うべし。善人を待つには宜しく寛なるべく、悪人を待つには宜しく厳なるべく、庸衆の人を待つには当に寛厳互いに存すべし。〉

〔訳文〕 よく治まった世に処するには、身をかどばらせたほうがよく、乱れた世に処するにはすべてにその逆がよい。(中略)--普通の人たちに対しては、寛・厳の二者を交互に用いたほうがよい。(訳筆者)

.

〔コメント〕 『菜根譚』が書かれた時代とすると時代が大きく異なります。要は、人間社会では、誠心誠意事に臨むべきが正解であろうと思います。人に差別をつけてはならないのです。幼児であってもです。幼児と雖も、自分に親切にしてくれているか否かは、人間本来の勘としてわかるのです。猫でも一緒です。うちの飼い猫はわかっているようです。

 今朝のテレビ放映でロシヤの虎を研究している方々の映像が報道されました。虎は人間よりか賢いということでした。分かったつもりでいる人間が一番わかっていないのかも知れません。だから謙虚でなければならないのです。

 西南の役で西郷隆盛の人格に魅せられ、多くの若い人たちも従軍しました。後世の評論家が若い人々を巻き添えにしたという説もありますが、それだけ西郷隆盛の人格が上であったということなのです。

 だから、前回のブログでも、エリート教育をする機関では『南洲翁遺訓』を教材にせよ、と書いたのです。

 今朝の読売でも「指導力」のことを書いていますが、上に立つ人は勇猛果敢であると同時に、臆病でもなければならないのです。構想力が大切だという論調も大事ですが、洞察力、包容力も大切なのです。

| | コメント (0)

2012年2月 6日 (月)

教育論をもう一つ。

タイトル---教育論をもう一つ。第1142号 24.02.06(月)

 ある母上様がノートに私の拙文「迎春」を書いてくれました。『菜根譚』をまた書きだしたのかな、と思って開いたのでした。

 子供に勉強をしなさい、いい子になりなさい、と言って子供はそのようにしないのです。ならないのです。子供は親の言うようにはしないけど、親がするようにはするのです。

 子供たちがートに書いてくるのに赤いペンでコメントを書くようにしています。気の利いた母親様はそのコメントに感謝の意味をこめてお礼を書いてくれています。これが最高の教育方法なのです。先生は書くけど、親は知らんぷりでは子供は正常に育たないのです。ノートに書く時間がない時は、メールでも意思疎通ができるのです。

 例えばウソでもいいから、「うちの子は先生みたいになりたい、人に人生を教える指導者になりたいと寝言まがいに言って頑張っています」と書いたら。子供にその心が通じるのです。

 少しばかり勉強ができるからと威張ってはなりません。そういう人は早々とお迎えが来るのです。それは天の道に反しているからです。多くの同窓生がそうでした。

 さて、「迎春」を書いた母親様は、それはそれは素直です。私の助言を真剣に聞いてくれます。私は、その方の子供が意義ある人生を謳歌して欲しい、とただそれだけのことで導いているのです。天風師の本を読み聞き、天は厳粛に、微妙に応酬していると力んで言うのは木場啓介師範29歳です。彼は、私の勧めにより、『成功の実現』『盛大な人生』『心に成功の炎を』『いつまでも若々しく生きる』の4冊を購入し、極めて真面目に学んでいます。50歳になったら、世を牽引する指導者になるでしょう。

 それと同じく。迎春を書いた母親様、人が笑おうがどう思おうが、やり続けてください。お互い子供が小さい時は皆仲良しなのです。ところが子供が長ずるにつれて、親しさが溶けて行くのです。それは、それぞれの子供に優劣が出てくるからです。

 友達の子供がいい学校に入った、うちは不合格だったとなると友達も何もないのです。とにかく、前向きに、明るく、勤勉に、難儀もよろこんで、積極的な人生に挑んでください。どんなに優しく教えても精神がひねくれていれば、それだけの天の恵みしかこないということです。出来れば、木場啓介師範同様4冊、4万円の本を買ってよんでください。数百倍の財宝がころがりこんでくる筈です。

 今、執筆中の『南洲翁遺訓』の人間学を書いています。原文は勿論そのままで、訳文は簡単にして、私なりの解釈を展開しています。そうしないど難解な『南洲翁遺訓』を読む人は年々少なくなって行きます。私の解釈だと面白いから、皆様が読んでくれるだろうと思います。

 野球に、サッカーに、お笑に熱中するより、自分に熱中してください。これが健康で長生きの秘訣なのです。『南洲翁遺訓』の解説を書きながら、皆様にも語りかけているのです。

| | コメント (1)

2012年2月 5日 (日)

昨日の稽古は大賑わいでした。

タイトル---昨日の稽古は大賑わいでした。第1138号 24.02.05(日)

 昨日の稽古は27人参加してくださいました。一部では「一本の杭」を元気よく合唱しました。4.5歳の新人スター4人が前面に陣取り、それはそれは大きな声で歌いました。喉が壊れはしないかと思うくらいの声でした。もしかしたら荘内まで聞こえたかもしれませんネ。

 4.5歳の新人スターが絶叫する歌いかたに、先輩の4.5年生の子供たちはオセをつくり、後方で大笑いしながら歌うなど、とても和やかな、楽しい雰囲気でした。三雲悠くん、森永礼くん、木場あやちゃん3人が、目をひきつらせ、すごい形相で歌ったのでした。

 三雲悠くんが稽古中、ズボンがおちてきましたので、大坪先生がチンコが見えたよと言ったら、自分でズボンを引き下げ、チンコロリンを見せてくれました。そしてチンコロリンを握ったままあやちゃんにチューをしに行きました。それを見て、全員が爆笑しました。

 悠くんは道場に入ってきたとき、帯をしめないで手に握ったままきました。そこで私が帯をしめてあげようとしましたら、いやがりました。ハハァこれは色の帯をやれという意味だなと思いました。

 座って帯をしめてあげようとしましたら、悠くんが足底で私の顔をけりました。そこで私は悠くんの左足の親指と次の指に噛みつきました。そしたらイターイと言いました。そこで正座しろ、と言って、足で顔を蹴ったら駄目だ、とどなり、コメンナサイといいなさい、としつけました。

 悠くんは「ゴメンナサイ」と言いました。ふざけてもいいが、していいことと、していけないことは幼児の時から教え込まなければならないのです。

 このことについて、母親様は、悠くんに一切口出ししないでください。怒らないでください。一種の社会教育ですから。ただ、悠くんのズボンの紐を強くするか工夫してください。

 稽古に参加できないからと言って、他の人を通じて申し出ても得点には反映しないので保護者は、ご承知おきください。緊急と、やむを得ない時は別ですが。

 そういう基本的なことが分からず、一人前に意見を言う、文句をいうのが今のご時世なのですね。自分をみつめるためには、読書をしてください。学んでください。

 円心会では子供が『南洲翁遺訓』をノートに書いてきます。これはノートを贈呈して書いてきてください、と言って、書いてくるものではないのです。私の指導に子供がのってくるからなのです。あんな難解な『南洲翁遺訓』を自ら書くということは、現今大人でさえしないのです。

 だから、我が子がかわいいなら、子供と一緒に学んでください。私の話をきいてください。今年の新年会に参加されなかった方に、新春の挨拶「迎春」を渡しました。私より文章が上手いと自負されるなら、読む必要はないでしょう。私は書けない、と思ったら、これを書き写すなど勉強してください、とお願いしました。私の文章が、人様に優れているということは思っていませんが、子供たちの将来のためになるという自信はあります、と伝えながら。

| | コメント (0)

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »