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2011年10月

2011年10月30日 (日)

昨日の空手道稽古風景。

タイトル---昨日の空手道稽古風景。第1035号 23.10.30(日)

 昨日は25名での稽古でした。稽古を始める前にある保護者から電話がありました。

 曰く、「先週、内の子供が『いじめ』めいたことをされ、道場から外へ突き飛ばされ、少し怪我をした、ということでした。子供は太り気味であるため、学校でもデブとか言われ、言葉によるいじめを受けているので、よく観察して欲しいとの要望でした。」電話の内容は、そばにいた大坪師範にも伝えました。

 当該事件が発生した時、突き飛ばされたという子供が泣き出したので、その時、突き飛ばしたらしい子供に、弱いものいじめをしたら駄目だよ、ということは注意したのでした。でも、突き飛ばしたと言われる加害者にも言い分があったようでした。その実情を観ていなかったので、今後の問題として注意したのでした。

 昨晩保護者から電話を受けたので、そういう事象が再発しないようにと注意しながら指導しました。ところがです。先週突き飛ばされたという被害者・子供が、別な子供をいじめているではありませんか。太っている子供は、身体の小さい子供をいじめているのです。その現場は大坪師範も現認したのです。自分でチョッカイ出しているではないか、と。

 私に言わせると、そういうことは子供たちの遊びの一種なのです。かりに、額をブロックに打ち付けて血が出たとしても、騒動するほどの事ではないのです。私は半年前も、その半年前も自分の不注意で、顔面に大変な怪我をしたのです。死にはしないわけですから、笑って横から眺めるくらいのことでいいと思います。そういう経過を経て、子供は強くたくましく成長していくのです。

 長年空手道指導をしてきた私は、大概のことにはひるまない、我慢強さをもちながら、人生に立ち向かう子供に育って欲しいと念じて、指導をして参りました。そして『南洲翁遺訓』がいう「修己治人」的人物になってほしいという夢も抱いているのです。

 長年、平和ボケし思考停止した人たちと仕事をしたきたから、痛切にそういうことに敏感なのです。人間は最終的には自分ひとりで世の荒波に立ち向かわなければならないのです。平和ボケした同僚たちは「自衛隊は即解散しろ」という主張をしていたものです。そういう人種たちが、今回の東北みたいに大災害を受け、そこに自衛隊が救出に来たとき、お前ら、即帰れというでしょうか。答えは否です。特異の思想を持ったリーダーたちが扇動する主張に洗脳されているから、チンプンカンの考えになってくるのです。そういう大人がゴマンといるのです。

 私は難儀は自分から率先してせよ、という主義です。これは私の人生に一貫しているのです。そのことが体力を創り、気力を充実させ、覇気を養成し、生きる原動力になっているのです。

 先日も書きましたが、言志四録を書いた有名な佐藤一斎にしても、天風師にしても想像を絶する乱暴者だったのです。そういう体験を経て、世の人々を救う偉大なる指導者となれるのです。

   子供は、強く逞しく育てましょう。

 「居残り」させられても平気で忘れ、ことに処する人間・子供もいるのです。

 

   居残りを  せよと君(先生)らは  ボクに云う

            俺は大きく  なってみせるぞ

  「居残り」をさせられた子供の心境を詠んでみました。

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2011年10月23日 (日)

奇術の祭典を見学しました。

タイトル---奇術の祭典を見学しました。第1028号 23.10.23(日)

 今日、第29回 かごしま奇術の祭典が鹿児島市民文化ホールで開催されました。同窓生の方が出演するということで、案内状を戴き見学に行った次第でした。

 その方は20年位その道を研鑽しているということもあり、プロそのものであったように観察しました。普通の目で見ていたら、どうしてそうなるの?ということが、いとも簡単なように演出されるのです。みんな、固唾を呑んでみていました。

 種明かしをすればそういうことか、と思われることが、長年の訓練によりお客さまに分からないように演ずる、なんと素晴らしいことだろうと楽しみながら見学をしました。

 悪い表現をつかえばお客様をだますということですが、その同窓生の方は、性格が真摯で、頭脳明晰、人格最高の方なのです。お付き合いして60年、これほど見事な人格を構築した方はいないのです。過去のブログにも名前は伏せて書きましたが、同窓会の諸準備等々、実にまめに取り仕切ってくれるのです。

:決して力まない平常心を保ち続けるその人間性に、何時も魅せられています。人間ややもすると長い人生では、利害を根底にして同窓生と付き合うか、それらを隠したようにして平然とする場合も見受けられるものです。

 でも、どういう事象であれ、全て天は観ているということです。特に人々の付託を受けて議員となる選良たちが、口先で言葉を繕い、物事を画策しても慧眼からみたら醜状著しいものが散見されるのです。

 ところが今回奇術の祭典に出演した同窓生の方は、まさしく明鏡止水そのものなのです。お父上様は私が高校時代、社会を教えてくれました。

 当時の言葉を思い出します。「愚鈍にして、要を弁ぜらることあらんも託するに足る」という言葉であったやに記憶しています。訥々とお話する先生でしたが、お心のきれいな先生であったと、今、懐かしく授業風景を回想しています。

 奇術の祭典に出演された方々、とっても楽しいひとときでした。有り難うございました。

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2011年10月21日 (金)

昨晩の空手道稽古風景。

タイトル---昨晩の空手道稽古風景。第1026号 23.10.21(金)

 昨晩の第二道場空手道稽古は迚も順調でした。でも、前半はそれはそれは賑やかでした。私は「空手道門下生暴力教室」と命名しました。見ていて笑いころげてしまいました。

 小学1年・今村A君、2年・竹之内B君、2年・杜山C君、4年・杜山D君、6年・外薗E君たちが、敵味方お構いなしに取っ組み合いをするのです。とびけりをしたり、回し蹴りをしたり、投げ飛ばしたりと、それはそれは賑やかでした。

 第二道場は畳敷なので、投げ飛ばされても怪我はないのです。AがBをけり、CがDを投げ飛ばす、EがAにとびかかっていく、とそれはそれは、猫とか犬のジャレと同じなのです。みていて笑い転げました。とても頼もしく思えました。こうして子供たちは、骨格をつくるなどして、丈夫に育って行くのです。

 空手道稽古がはじまってから、一言注意しました。相手を拳で殴らないこと。てのひらならばいいでしょう、と。そして窓の傍にはテープルを置いてありますので、その角に目をあてないこと。目がなくなりますからと。額ならば血が出るだけで大したことはないので、心配しないこと。中村天風曰く、「体内の血が全部出切って死ぬということはない」といってますので。

 私自身、昨年は第二道場入り口のブロックを歩いている時、足をすべらせ、転んで額の怪我をしたのです。転んでから苦笑いをした次第でした。

 昨日の「---暴力教室」を小学校でやったとすれば、受け持ちの女の先生は卒倒するだろうと思うことでした。それくらい激しいのです。

 空手道をはじめてすぐ『南洲翁遺訓』の発表をしました。元気が有り余っているので、『南洲翁遺訓』の拝誦にも力づよさが漲っているのです。

 子供は育てようなのです。私の手にかかればコロリと変わります。不真面目であっても、言葉のかけ方で子供は、性善説の扉が開かれ、人間が変貌して行くのです。それらは今時云う、教育ママの育て方ではダメだと私は思います。

 その昔、入門した子供がジャレて相手の子供から倒されました。その時、チョッカイを出して倒れた子供は、イジメダ、イジメダと叫びました。私からみていて何のいじめでもないのです。これらは学校教育現場が、おかしい指導をしてきたからこういうふうになったのです。

 そしてジャレて倒れた子供の母親が、味園道場は能力開発の面でも効果があると聞いたらしく、楽しみにしていました。ところが半年くらいしてから、何の効果もない、といって空手を辞めてしまいました。曰く、能力向上などの効果は望めないではないかと。

 能力開発にしても、人格面の修養にしても、短時間で修得できたものは、すぐなくなるのです。他人がびっくりするくらいの年月をかけて修行をしなければならないのです。今、話題の日野原先生は100歳だと聞いています。100年間かかって今の自分を作り上げたのです。

 長期間の修行を通じて、自分を創造していくところに、人間の価値があるのだと私は思います。読んで、書いてと学んで、空手道で動いて、子供たちが迷わない人生の道しるべを作ってやりたいというのが私の考えです。そしてお迎えが着たら、喜んで、旅立っていく老人でありたいと思っているのです。現に私の詩吟道師匠・竹下先生は、そのようにしたのですから。

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2011年10月18日 (火)

暗闇の行軍をしてきました。

タイトル---暗闇の行軍をしてきました。第1023号 23.10.18(火)

 健康ランドのジャングルを暗闇の中行軍をしてきました。勉強は、〈安岡正篤 『運命は「この人」にこそ 道を拓く』を聞きながらでした。これは平成8年に録音していました。15年前、55歳の時です。あ、私にも55歳の時があったのだな、と懐かしく聞きながら歩きました。

 真っ暗闇だから私以外誰もいません。このテープを何回聞いたことでしょう。今日は新しい発見がありました。今まで聞いていたけれども、本当に真に迫ってこなかったのでしょう。

 一見馬鹿げた勉強・遊びかもしれませんが、本人は至って楽しいのです。ランドに行く一寸前、自宅を出る時、自宅横の道路を50メートル全力疾走を二回しました。何秒かかったのかわかりませんが、久々に走りました。

 ドコソコ痛いけれども、それらを無視し、気力で突き抜ければ、面白い結果が出てくるようです。今日も終日、机の前でパソコンとニラメッコしたり、読書をしたりと楽しい一日でした。

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2011年10月16日 (日)

漢籍、書き取りの紹介。第37号、38号。

タイトル---漢籍、書き取りの紹介、第37、38号。第1020号 23.10.16(日)

 

 第37号 『論語』のことば 23.07.16

 

『論語』は、〈君子は文を以て友を会し、友を以て仁を輔く〉と教えています。「君子の友達つきあいは学問技芸が中心であり、その友達つきあいを仁徳修養のためにする」というのです。そういう集いの中で共にのびるために切磋琢磨したいものです。小さな積み重ねが、やがて大きく実るのです。

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 第38号 『正法眼蔵隋聞記』のことば

 『正法眼蔵隋聞記』は、〈道は無窮なり。悟りてもなお行道すべし〉と教えています。「道というものは、きわめてもきわめても奥深いものである。悟ったと思っても、初心にかえり更に修行にはげまなくてはならない」というのです。勉強も空手道も一所けんめいやっていくうちに、自分でおどろくほどの境地に到達すると思います。あきらめないことだと思います。

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 昨日の稽古の際は、幼稚園、保育園、小学校の運動会でかけっこの一位になった人にごほうびをあげました。

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 かけっこ 一位 みくもゆうと 

 うんどうかいで たいへんよく がんばりました。 おめでとう

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 ほかに、たけなか たいちくん、たけのうちりょうたくん、こば あやなちゃん、やまだ ななさんなどでした。欠席者にはありませんでした。

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 後半に壮年師範二人と私たち老人師範三人との型競技をしました。終了後、子供たちに判定をして貰いました。何故か、老人師範がよかったと挙手をしてくれました。

 理由を後で聞いたら、老人は頭が剥げておりそこから湯気が上がり、オーラーがあったと分析評価してくれた子供審判員がいました。因みに私は、壮年師範二人の型は最高の出来栄えであったと思いました。

 若い人が元気があるのは当然ですが、我々老人も日々に精進し、潔く生を全うする哲学を構築したいものだと思います。

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2011年10月11日 (火)

久々に行軍をしました。

タイトル---久々に行軍をしました。第1013号 23.10.11(火)

 雑用に追いまくられて出来なかったり、天候が悪くて出来なかった行軍を久々に昨晩実施しました。歩きながらの勉強は、天風師『成功の実現』でした。健康ランド周囲の道路を一時間歩きました。

 2011.11月号『致知』で、現代の論客・渡部昇一氏も中村天風の生き方等々を絶賛しています。

 テーマは「我が 中村天風論」 日々いかに 積極精神で生きるか

 天風師のもろもろを紹介した上で、天風師の力の誦句を紹介しています。 

 曰く、

 今日一日

 怒らず 怖れず 悲しまず 

 正直 親切 愉快に

 力と 勇気と 信念とをもって

 自己の 人生に対する責務を果たし

 恒に平和と愛を失わざる

 立派な人間として生きることを

 厳かに誓います

 私もこの言葉を書き出し、壁に貼付して、日々口ずさんでいます。

 「絶対積極」とは、人の幸せを願いつつ、世の風評等々を気にせず、明るく、尊く、前向きに邁進することです。そこに社会性、教育性がなければならないことは当然です。

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2011年10月10日 (月)

昨夜、10月期、薩摩南洲会を開催しました。

タイトル--昨夜、10月期、薩摩南洲会を開催しました。第1012号 23.10.10(日)

 『南洲翁遺訓』第23章、24章、25章を荘内南洲会小野寺理事長著『南洲翁遺訓』、頭山立雲先生の口述著書より学びました。出席者は6名でした。後半は恒例により詩吟学習を致しました。

 『南洲翁遺訓』の解説書は鹿児島南洲神社発行のものもありますが、小野寺理事長の著書には遠く及ぶものではないと思います。解説書が欲しい方は荘内南洲会に申し込むか、私どもへ連絡してくださったら、労をとりたいと思います。

 第23章「---終始己に克ちて身を脩する也。--」(常に自分の我に克つように修養することが大事である。--)

 まさしく仰せのとおりであります。修養の出来ていない人間が思い上がり、南洲翁遺訓を改竄をしようなどと、とんでもないことをするのです。自称、西郷隆盛研究家と宣伝していますが、してはならないことをするのは研究家ではないのです。南洲神社で勉強しているある方が、教育勅語を改竄するようなものだ、といいましたが、そんな気がしてならないのです。

 今日の読売新聞にテレビは是か非かというような論考が掲載されていましたが、テレビを観るよりか、小野寺理事長著『南洲翁遺訓』をお読みになられた方が、真に役立つと思います。最初は難解だとは思いますが、これほど善い教材はないと思います。そして頭山先生のコメントも何時読んでも溜飲の下がる名文句だと思います。

 そして山田準著『南洲百話』第56「征韓論破裂後の翁」、第57「西南戦争の起因」も学びました。

 後半の詩吟学習では、西郷隆盛作「菅先生を送る」を合吟しながら、当時の薩摩と荘内の距離のへだたりを考えさせられ、西郷隆盛の心境の一端を想像した次第でした。

 私どもも『南洲翁遺訓』を学び始めて以来、思いは何時も荘内の地に馳せているのです。そこは誇り高い学問の都であるからです。それは人間の精神文化の起点でもあると私は思っています。

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2011年10月 5日 (水)

吹上庵での雨漏り---。

タイトル---吹上庵での雨漏り---。第1007号 23.10.05(水)

 ブログ1000号達成でホッとし、台所補修工事等の疲れもあり、木・金・土と寝ていました。日曜はランドへ行き身体をほぐし、昨日はお墓参りに行って参りました。

 往路は川辺街道を通りました。途中、久々に吹上庵様に立ち寄りました。入ると同時に、何時もの民謡の曲が流れ心をいやしてくれます。吹上庵様の各メニューのおいしさもさることながら、この雰囲気が何とも言えないのです。

 一時が過ぎていましたが、カウンター横のテーブルが空いていたのでそこに座りました。座ろうとした畳のところに変なものがおいてありました。黒いお盆に小さなお皿を乗せ、その上にタオルを置いているのです。これ何だろうと思いつつ、それを大きなテーブルの上に移動させました。

 いつもの峠鍋うどんを戴いていたら、ポタッ、ポタッと雨漏りの滴が左肩にかかるのです。あっ、雨漏りだと思いながらも、そのまましていました。給仕のお姉さんに、ちょっときてくたさい、雨漏りがしていますよと教えようと、手招きしたけど、一向にきてくれませんでした。

 上に書いた「変なもの」は雨漏りがするので、それを受けるためのお皿だったのです。それを知らないものだから、滴が肩に落ちるのをそのままにしていましたら、結構濡れてしまいました。それと私が場所を変えたら、畳がぬれるので、それよりか私の肩がぬれればすむことだ、と思ったのです。これから墓参りに行き、動き回るから、その内かわくだろうと思っていたのです。 

 これが背広でも着ていたら、そのままでは済まないと思う事でした。思うに、「変なもの」のお皿にひと工夫して貰ったらいいのに、と思うことでした。「ここは雨漏りがしていますので、少しずらしてお座りしてください」と。

 手招きしても来なかったお姉さんは、クレームをつけられると警戒したのでしょうか。過去20年以上吹上庵様をご利用させて戴いていますから、顔は十分存じあげているのです。これは人間対人間の心の問題だと思います。

 私は長年電電で苦情処理も担当してきました。こちらに大きな非があっても、心からお詫びをすれば許してくれないということはありませんでした。

 手招きされたあのお姉さまは、今は何とも思っていないでしょうか。それは本人にとって大きな損失だと思います。

 お客様の対応をはじめ全般について、心くばりの行き届いた吹上庵様でのヒトコマでした。

 私は、弟子の青年師範たちに、謝る勇気がなければならないということを何時も話しているのです。空手の世界で組手をする時、選手が突っ込みポイントを上げた時など、チンピラ上がりの大学師範は、勇気があると褒めたたえたことがありました。これらは「勇気」ではなく蛮勇というのです。

 本当の勇気とは、自分に非があった場合に心からお詫びが出来る真の勇気のことなのです。人間と他の動物との違いはここにあるのです。

 でも、うどんの味がとってもおいしかったので後の仕事は、スムーズに行きました。有り難うございました。

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2011年10月 3日 (月)

門下生への説得。

タイトル---門下生への説得。 第1004号  23.10.03(月)

 10月1日は風邪気分であったので、大坪先生に指導をお願いしました。ベテランの先生ですので、実に指導がよく整然と稽古をしてくれました。

 でも、中に一人ふざけるのがいるのです。そのふざける御仁は3か月位前から型が抜群にうまくなってきました。その以前は、お母さんぼくはだめなんだよと嘆いていたそうです。型がうまくなるということは、身体がなじんできたということです。

 その子のお爺さんとは、その昔同じ会社で働いていたのでした。ふざける御仁を見てどうしたものかと思って、道場から連れ出しました。

 台所へつれて行き、対面に正座し話かけたのです。

「あなたは最近大変うまくなりました。みんなのお手本です。そして『南洲翁遺訓』も書いてくるし、覚えてもいるし、将来えらくなると思います。でも、ほかの人にくらべるとふざけすぎるのでよくないと思います。ふざけるのは私を馬鹿にしているからですか」と聞いてみました。

 本人は小学二年の子供だから理由などある筈がなく、ただふざけているのです。今のままだと、みんなにも迷惑をかけるので、おじいさんと、お母さんに、「ふざけて大変困っています」と手紙を書いていいですか、と聞いてみました。

 お母さんは、いう事をきかないなら空手道をやめなさい、というでしょう。そしたら、空手道をやめてもいいですか、と話したのです。本人はやめたくないといいました。それなら、一人だけふざけないで、真面目にしてください、と両手をついてお願いしました。私を、いじめないでください、私を助けてください、と哀願したのです。

 かねては怒られるのが、その時は逆戦法で行きました。さて、その効果の程は、どうなるでしょう。こういう指導を諦めずに繰り返し、たまには目から火がでる位の爆弾をおとす、などして、子供を育てることにしています。

 道場に入って真面目に稽古をする子供、気のぬけた子供、いろいろいる訳ですが、はたしてどの子がも成功するだろうか、と一人でニヤニヤしながら眺めているのです。

 ただ、やる気を殺ぐことだけはしてはならないのです。子供は国家の宝ですから。国家の宝である子供の育て方いかんによっては悪くもなるのです。『新堕落論』が指摘するように。それは、甘やかすことに原因があるのです。

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2011年10月 1日 (土)

「週刊文春」10月6日号/見出しの紹介。

タイトル---「週刊文春」10月6日号/見出しの紹介、第1003号 23.10.01(土)

 昨日に引き続き週刊誌の見出しをご紹介します。

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 日本は5年以内に破綻する「第2次世界恐慌」の戦慄!

 裁判長が「小沢の供述は信用できん」と断罪 小沢一郎息の根が止められた

 大変興味のわく内容みたいです。お読みなられた方は教えてください。

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