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2011年9月

2011年9月30日 (金)

「週刊新潮」10月6日号/見出しの紹介。

タイトル---「週刊新潮」10月6日号/見出しの紹介。第1002号 23.09.30(金)

 ブログ1000号が達成し、何を書こうかと検討していた時、新聞に掲載された週刊新潮の見出しが掲載されていましたので、ご紹介します。

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 大増税の前に一言、言いたいことがあるぬ!

 722人もいる国会議員の定数を半分にせよ!

 坊主丸儲け「宗教法人」課税なら4兆円が浮く

 72%も経費が控除される「お医者様」の優遇税制

 予備校も日本語学校も「学校法人」なら税金天国

 親方日の丸「公務員改革」「天下り禁止」は撤廃されたか!

 特別会計400兆円は放置でいいのか!「財務省」

 ルール違反の資金パーテイーィ「平岡法相」を辞めさせろ!

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 興味のあられる方は購入の上、お読みください。大震災後、大人しい日本人に、世界中から賞賛の声が寄せられていますが、ただ、黙っているのは考え物ではないでしょうか。私は堺屋太一さんの声が正論のような気がするのですが。

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2011年9月29日 (木)

ある師範の型

タイトル---ある師範の型。第1001号 23.09.329(木)

 前回で第1000号達成が出来ました。早速、圭悠の母親様から1000号達成のお祝いのコメントを戴きました。迚も、聡明で、謙譲で、健康的で、真摯さあふれる母親様です。そうでなければコメントすぐ打ってくれませんものね。本当に有り難う存じました。

 昨日ある師範が稽古をさせてください、学問もさせてください、と言って参りました。学問は第二回目でした。一時間、それぞれ書き取りをして、それから型をして戴きました。

 その師範は、空手道を修行して凡そ20年、途中、休んだ時期もありましたが、その後は精勤しているのです。

 基本型一番、続いてチントーの型を演じて貰いました。

 突きが誠に美しい。これは本人の精神性によるものです。全体的に、早い動き、遅くゆっくりとした動きがあるわけですが、全体にブレがない。

 至芸化された本能の動き、そのものなのです。私も公認六段に一発で合格したわけですが、私もこんなに上手かったのかな、と首を傾げています。多分、演武した師範が上手いだろうと想像しています。

 演武した型に空手特有のゴツゴツさがないのです。これが「芸」なのです。一般に空手道指導者で日本舞踊をお稽古している人はないでありましょうが、日本舞踊の師匠が見ても、お茶の師範が見ても、ダンス教習場の先生がみても、美的にもウットリする位の美しさがなければならないのです。これを人間芸術というのです。多分、エビゾウよりか昨日の師範の方がうまいと私はみています。

 その昔、中央公民館で鹿児島県下の空手道各流派の型演武大会がありました。その際、ご高名を馳せている、ある高段者が棒術の演武をしました。途中で間違いました、といってやり直しました。その後二回間違いました。合計三回間違ったことになります。

 若い修行者ならいざ知らず、高段者は練熟したものがなければならないのです。大会で型が一番だったとか、組手が強いというその前に、その演武にも気迫、気概、剛毅、優美さ、演じる信念がなければならないのです。そのことがひいては、思想と同居し、人の道を邁進するための処方箋となるのです。それが「修己治人」という人格陶冶の奥義に君臨することになるのです。

 その実像が安岡正篤先生であり、荘内南洲会の小野寺理事長の姿だと私は何時も拝見しているのです。

それにしても青年師範、上手くなりました。範士 八段の域であろうと思いました。

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2011年9月27日 (火)

あたらしい道、教主様、お別れの会、「ご挨拶」--2.

タイトル---あたらしい道、教主様、お別れの会、「ご挨拶」--2. 第998号 23.09.27(火)

 第996号に続きます。

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 当時は中学校の英語の先生、その後、書道に精進さり、日展入賞の栄に輝かれました。

 おやかたさまは、お針がとてもお達者で、料亭のおかみさん方の、お仕上り物のお届けのお使いを教主様はなさったようです。朝方が、とても遅いおかみさん方ですので、一時間はおろか、二時間近くも立ちん坊したと、お漏らしになりました。

 おやかたさまがあたらしい道は国々というけれど、右翼ではない。人間世に生きるおまんまに大事なお仕事、あれこれ色々ですけれども、その色々も国あってこそ、国がなかったらどうなります。その国でございます、と申されます。

 ご両親が天にお帰りになられた後を、お継ぎなされた教主様のお胸に一貫して流れたものは、その国をどのように、どんな形で残して行くか、これだったと密かに拝察して参りました。

「松木草垣記念館」そして、この道をよくご理解頂く為の総合案内所。この二つの建物こそ、教主様の遺言と相成りました。

 改めて申し上げる迄もなく、国難と云われます東日本大震災、天皇、皇后両陛下、被災地お見舞いの中に、復興のお祈りを賜わりました。

 震災地の同胞は、大変な苦難の中に、外国から日本人は、大震災に耐え忍び、混乱しない紀律る民族であると、賞讃されております。共々に、復興の一日も早からんことをお願いし、お祈りするところでございます。

 国替えは、次の世代を抱くと戴きます。次の若い時代をご指導の任に、お力添えを賜ります皆々様方、何卒ご自愛召されまして、お励み下さることをお祈り申します。

 松木家が皆、天上に上ったら、お前さん達道友一同、思いを一つにして後を執れ。世界に冠たる皇(すめら)の国を戴き直し、明治の精神を忘れず、元々の地味な本当の日本に返れとの厳命でございます。

 道友一同、本気になって、天意にお応えしようと話し合いしておりますが、ただ、お見かけ通りの不束揃いでございます。何卒、皆様の更なる指導、ご鞭撻をお願い致すところでございます。

 最後に本日は、不行届の中、本当に有り難うございました。お礼を申し上げまして以上、粗辞でございますが、ご挨拶とさせて戴きます。(以下略)

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 長年、あたらしい道の小冊子をご贈呈戴いたこともあり、おやかたさまの「お別れの会 ご挨拶」をご紹介させて戴きました。ご挨拶の中にある一貫した「国を思う心」、そして謙虚なお心、こういう姿勢で臨めば、世の中うまく行くのですが、権力を握ったら俺の言うとおりにしろ、といったところで誰がついて行くでしょう。

 政治ジャーナリストが評した歴代内閣で最低であった、一つもいいことはなかったという酷評を聞き、お遍路よりかあたらしい道を学んだ方がいいのではという思いが致します。

 日本という国家は政治家のものではないのです。国民全体のものだということを肝に銘じて欲しいものです。政治家諸氏は。

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2011年9月26日 (月)

あたらしい道、教主様、お別れの会、「ご挨拶」

タイトル---あたらしい道、教主様、お別れの会、「ご挨拶」。第996号 23.09.26(月)

 枕崎出身の鮫島実雄様から、長年に亘って「あたらしい道」の冊子を戴いて参りました。私はこの会に入ってはいないのですけれども、拝読して、何時も心が洗われる思いのする本なのでございます。今日、開いて見て、教主様がご他界された時の模様が掲載されていますので、ご紹介致します。

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 「教主様 お別れの会」    ご挨拶     お別れの会委員長 鮫島実雄

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 お許し戴きまして一言ご挨拶を申し上げます。鮫島実雄でございます。

 何があっても驚ろくなと教えられて参りましたが、この度の余りにも突然な訃報には、聊か動転に近いものを感じた次第でございます。そうしたなか、本日教主故松木ヨシのお別れの会にご案内申し上げました処、羽曳野市長様始め多数の皆様がご参会賜りまして誠に有り難うございます。衷心よりここに厚く御礼申し上げます。定めし故人、今は天上でご両親に抱かれ、皆様の至情を噛みしめていることと存じます。有り難うございます。

 教主様は昭和四年十月三十日、財界住友分家の子として誕生されました。昭和六年三歳の時に松木家の養女に迎えられ今日に至りました。

 教主様の最後の健康状態を道友の侍医さん方に伺ってみました。約二十年前から心臓が衰え始め、以後は侍医の助言をよく守り、懸命に生きて参られましたが、この五月頃から食が進まず睡眠不足も加わり、急激な体力の低下となり、遂に去る六月十四日午後十一時三分、再び帰らない旅路につかれました。当年八十三歳でございました。

 教主様の思い出と申しましても、共々に限りはございません。少し私なりのものをお許し戴きます。とてもざっくばらんなお方で、よく戦時中、学徒動員で軍需工場で働かれたことを話されました。生き生きと、さも嬉しそうに、懐かしそうになさるお姿に、心の中で天晴れ軍国少女と叫んだのを昨日のように思い出しております。

 又、数名がお伴して美術館見学に出かけました折、皆が素通りしたところを教主様は展示品と解説書に釘づけになっておられました。そうした時、やっぱり何と云っても、おやかたさまのお嬢様、それに住友の血が流れておられるな!と痛感致しました。

 あたらしい道は、おやかたさまを中心に、天村先生、教主様お三方三巴、茨のお通り越しから成ったと戴きます。昭和二十七年十二月六日夜九時、おやかたさまのお口から、突然!国が危ない!と、音がおん出て、あたらしい道が勃発しました。

 天啓降下、夢想だにされなかったご家庭の中の教主様のお姿を庭園の顕彰碑には、一家の辛苦の狭間にあって、よく家計を助けられ、暗雲低迷する当時のご家庭の心の灯となられましたと刻まれております。

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 初めてお読みになられる方は違和感を感じられるかも知れません。あたらしい道で修行されている方は、とてもお心のやさしい、そして勤勉家で、人格陶冶された方々でございます。少なくとも、市民運動家のように、俺たちにもよこせと要求する集団とは雲泥の差のある団体・組織であると私は見ています。鹿児島南洲神社で学習会を面倒をみてくださる月野木先生もその道を学んでおられるのでございます。

 市民運動家が言う、無いからよこせと言い手にした満足感と、控えめに人の道を弁えた人々と長期的に、歴史的にみてどちらが幸せ感につつまれると思われますか。天は後者の方々に、心の恵みを与えると、私は、長年鮫島先生の人生を拝察して、そのように感じているのです。

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2011年9月25日 (日)

9月24日空手道稽古風景。

タイトル---9月24日、空手道稽古風景。第994号 23.09.205(日)

 昨日は23名で空手道の稽古をしました。漢籍書き取りの件もあり、竹ノ内颯太君、遼太君兄弟が一番のりでした。お二人ともとても真面目でがんばってくれます。余程、家庭環境がいいのだなぁと想像しています。とりかく、おだやかで、物静かで努力家なのです。

 最初は実践組手のフットワークを教えました。お兄ちゃんの竹ノ内颯太君はすぐうまくなりました。この調子だと半年もすれば、抜群の成長をみせてくれると思います。

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 子供たちの特徴・性格はさまざまです。書き取りの文字を一ミリの小さな文字で書く子供、書きながらベラベラ喋って遊んでいる子供、熱心に書く子供といろいろなタイプがあります。道場は学校とは異なり、私塾ですから、私は横から眺めてニヤニヤ笑っているのです。それは、どの子供が大きくなった時成功するであろうかと。

 学校では1+1=2ですが、実社会では1+1=2にもなり、5にもなるのだということをある会社の社長から聞いたことがあります。これが正解だと私は思います。そういう実社会へ飛び出す子供たちに、空手道を通じて、強い体力を創ると同時に、人生を誤らない生き方を教えなければならないと考えています。

 1.刃物を持たない事。2.泥棒をしない事。3.マッチで火をつけないこと。4.(男の子は成長するにつけ性的に女の子に興味を抱くから)女の子にいたずらをしないこと、等を口すっぱく話しています。

 特に、同窓生たちに関して私の記憶では、泥棒については金持ちの子供が一番先にやっていたように思います。これはスリルを求めると同時に、遊び心でやるのです。金持ちの子供は鹿児島の高校に進学し、そこで隠語を覚え、自慢気に話してくれるのでした。

 どういう性の子供であれ、小さい時に、してならないことを徹底的に教え込めば、90%なくなるであろうと思います。悪いことをしたら一生が台なしになるのだとです。

 とにかく鍛えながら、褒める、名誉を与える、そして天風師が説く「絶対積極」を教えることが最良の方法だと思います。

 絶対積極の功徳は「健康で長生きができる」ということです。能力が高まり、精神の清廉さが培われ、親を、人を大切にする人間へと成長すると信じて子供たちと対面しています。

 とにかく読書に勝るものはないと存じます。

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2011年9月24日 (土)

絶対積極で、生きがいのある人生を1

タイトル---絶対積極で生きがいのある人生を1。第991号 23.09.24(土)

 昨夕は健康ランドを夕方歩きました。薄暗く階段が見えない状況でした。天風師の「心に成功の炎を」を聞きながらでした。人様が見たら、暗くなりかけてから怖くないのか、本当に馬鹿か気ちがいかと思うでしょうが、天風師が軍事探偵でジャングルを走り回っている処の物語りであったので、その生命の危機・危険さに比較したら私のしていることは、ママゴトだな、と思いつつ歩いたのでした。

 思うに、「新堕落論」が言う「我欲・私欲」に麻痺した文明人には到底理解できない精神の分野だと思います。かねがね、子供たちの母親様たちに子供を甘やかせないでください、と話している自らが甘える訳にはいかないのです。物語の骨子を紹介します。p49-

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 人間が一生を通じて運命的に、あるいは健康的に、生きがいのある人生に生きたければ、心の態度を積極的にするということ、これはもう峻厳侵すべからざる絶対の真理なんです。

 ところが、幸か不幸か、物質文化のみが発達している現代の人間は、その世相に、知らず知らず心が巻き込まれるともなく巻き込まれている。それがために、人生というものは物質至上主義で解決できるように、考えちがいしちゃった。(『新堕落論』がいう我欲の範疇でもあります)

 どんなにいい薬を飲んでも、心が積極的でなければ理想的な食養生をしても、その効果というものはどれだけ減殺されるかわからない。心の態度が消極的になったならば、どんなに合理的で立派な方法であろうとも、完全な効果はそこにないんであります。

 人々がいう積極的とは相対的な積極であります。絶対積極とは「尊さと強さと正しさと清らかさ」が失なわれないことなのです。消極というものに相対した積極でなく、絶対的な積極のことであるのです。何物にも捉われない、心に雑念とか妄念とか、あるいは感情的ないろいろな恐れとか、そういうものが一切ない状態。人と対抗しようなどと思わない、一段と高いところにある境地、これを絶対積極という。

 怒らず、恐れず、悲しまず、正直、親切、愉快に、力と勇気と信念とをもって、どんな目にあっても、どんな苦しい目にあっても、どんな思いがけない大事にあっても、日常と少しも違わない、平然としてこれに対処する。これが積極的精神であります。

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 我々凡人には出来るかできないかわからないが、これは正論だと思います。これを可能にするのが、修行なのだと思います。出来ないと思ってやらないでいると一生出来ないのです。出来ると思って実践する所に意義があると思います。

 「舜」の言葉にあるように。

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2011年9月22日 (木)

亀井氏、民主けん制

タイトル---亀井氏、民主けん制。第988号 23.09.22(木)

 「亀井氏、民主けん制」の記事が、本日の読売新聞に掲載されたので、ご紹介します。

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 国民新党の亀井代表は21日、党本部で記者会見し、東日本大震災の復興財源について、「民主党がワンサイドで決めることはできない。連立(与党)だから不可能だ」と述べ、政府・民主党内の臨時増税の動きをけん制した。

 亀井氏はこれに先立つ議員総会で、「財源は財務省の蔵にしまってある。首相が(蔵の)カギを開ければ片がつく話だ」とも述べ、増税以外で復興財源をまかなうべきだとの考えを示した。

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 私は『亡国予算』の著書から引いて、過去何回もブログに書きました。どうかみなさん、こういう本を読んでください。そして意見を提起してください。黙っていると、政治家・官僚はしたい放題するのです。

 今日のインターネット、nifty ニュースで「財務省 復興増税で3LDK月4万円の105億円豪華官舎着工」というのがありました。詳細は書きません。

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2011年9月20日 (火)

昨日はクーラー取換え工事でした。

タイトル---昨日はクーラー取換え工事でした。第985号 2309.20(火)

 書斎のクーラー設置が昭和63年で、23年間使用してきました。最近調子がわるかったものですから、取換えをしました。そのため、ベスト電器の電気工事の方、クーラー取り付けの方に付き添ったため、ブログ書きが出来ませんでした。

 ベスト電器の工事担当者の作業方法は見事なものでした。百点満点の工事ぶりでした。ユーザーの家屋に傷をつけないこと、物に傷をつけないこと、寸分の隙のない仕事ぶりでした。プロとは申せ、これが仕事だ、と感嘆した次第でした。電電で請負工事の監督もしてきましたが、下請け業者の真摯な作業ぶりと同じでした。

 なぜこのように自信たっぷりに書くかと言えば、私はそういう工事も担当してきたし、請負工事の電電の総監督も歴任したし、自分では家具全般を創る、風呂を創る、タイルを貼る、ペンキを塗る、と自分で実践したからなのです。つい一週間前は食堂のフロア板を4日間かかって自分で取換え工事をしたのでした。とにかく、仕事に誠心誠意体当たりすることが、成功の秘訣だと思っています。

 元来、仕事とはこうあるべきなのです。ところが私の現職時代は、仕事をする前に顎が先にでる始末でした。労働者の権利というやつです。これらは不当労働行為などに対する対処策なのですが、人間ややもすると楽をする方へ流れてしまうのです。だから手抜きをするための要求が先に出るのです。仕事の手を抜かず、懸命に働いてこそ食事もおいしいし、精神の充実感もあるのです。それがひいては、健康増進に資するのです。

 今回の工事も含めて、ベスト電器の社内教育の素晴らしさを実感した次第でした。私は20年間ベスト電器様と付き合っています。私の処を担当している新沢さんの心配り、もろもろの対応は最高だと思っています。

 以前、カタログを見てテレビの値段が安いと言って、家内が別の会社・お店から購入しました。ところがアフターサービスがまことに悪い。それらは分かっていたのですが、今となっては仕方のないことです。今後、値段に騙されるなよと家内に厳しく言いつけました。

 ブログをご覧の方、そういう処を十分考慮の上、対処したください。ただ(無料)より高くつくものはない、という俗諺がありますが、まさしくそのとおりです。口先にだまされたら結果的には高くつくのです。

 三公社が解体民営化されたということは、国民に対する真心がなかったということなのです。

 誠実であること、親切であること、勤勉であること、嘘を言わないこと、仕事に全勢力を注ぐこと、そして過ちがあったら言い訳をせず素直に謝ることが出来れば人生怖いものはないと思います。

 私の空手道場には、4.5歳の子供たちからやってきますが、人生を謳歌するためには物事に誠心誠意対応することだと思っています。

 ベスト電気 南鹿児島店 中村店長様、有難うございました。

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2011年9月18日 (日)

昨日の空手道稽古風景。

昨日の空手道稽古風景。第984号 23.09.18(日)

昨日、17日の空手道稽古は20人でした。道場入場第一位を競っている竹之内あやと君と西川蓮君はお休みでした。

 4.5歳の幼児たちも『南洲翁遺訓』発表には精魂こめて打ち込んでくれます。第一章を拝誦する子供たちは喜びに満ち溢れているようです。何かしら、分けはわからないけど、大変いいお勉強をしていると思っているような感じを受けます。

 4歳の森永礼弥くんは幼児のため、先輩お兄ちゃんたちの元気な声に圧倒されておそるおそる入ってきます。そしてお母さんのそばから一時はなれないのです。先輩の、山本ひなとくんは一年半かかったのです。ひなとくんは今では先輩気分で、昨日は大きな声で「お願いします」という声をだして道場に入ってきました。

 みんなが稽古をしている間、礼弥くんはお母さんの左の足に膝枕をして観戦していました。そこで私はそばに行き、礼弥くんのお母さんの片芳の足に膝枕をしてみせました。おい、礼弥くん、いい気分だねぇといいながら座って話しました。そして質問をしました。

 「あなたは道場に遊びにくるの」、「あなたは病気をしたいの」、「あなたは早く死にたいの」と。礼弥くんは死にたくないといいました。そこで、礼弥くんにいいました。みんなほかの人は、病気をしない、元気なからだをつくるために突きをしているのだよ。あなたも丈夫なからだをつくらないと、病気をするからだになるかもしれませんよ、と話して、手を取ってみんなの中に入りつきをさせました。

 そしたら、5分くらいしたら、またお母さんのところに行くのです。こういう日々がこれから続くと思います。まさしく私と、幼児たちとの戦いになるのです。決して怒らず、遊びながら誘い込んで行く、そして『南洲翁遺訓』を暗記させる、突きを覚えさせるという繰り返しをしていけば、子供たちは見違えるように変貌するのです。

 幼児の扱いについては、その昔、うちの娘を日本舞踊花柳流のお師匠さまにつれて行ったとき、その指導方法をみて参考にしているのです。後ろから、子供たちの両手を握り、突きをさせながら、あなたはうまいねぇと耳元で言ったら、子供はうれしくなり、稽古に励むのです。それにしても、礼弥くんの膝枕には、思わず笑ってしまいました。

 実践組手の稽古は、私が顔面をついて行くのです。ボオーッとしていれば打たれるわけですから、子供たちはいきおい真剣にならざるを得ないのです。そして、うまい突きをしたら、その場でほめるのです。

 人間、子供でも大人でもほめられてうれしくない人はいないのです。そして前向きに、明るく、朗らかに、楽しんで、気持ちよく稽古をすることが、天風師の言うクンバハカもでき、健康と長生きに資することになるのです。決して、ブツブツを言ってはいけないのです。ブツブツを言った分だけ悪性のホルモンが分泌し、身体を蝕んで行くというのは今日も常識となっているのです。

 こういうやり方で行けば、政治もうまく行くのになぁと何時も思う次第です。でも、最終的には「人格の陶冶」なのです。「修己治人」をめざし、最終目標を体得するまで、門下生ともども、楽しく空手道修行に精進したいと思っています。

 

 

 

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岩坪師範来る。

タイトル---岩坪師範来る。第983号 23.09.18(日)

 今朝、皇刀軒流四代宗家、岩坪師範が道場訪問をしてくださいました。手土産に著書の空手道歴史読本、名刀の写真、石原慎太郎著『いま魂の教育』、平野貞夫著『映像に囚われた政治家小沢一郎の真実』等々を持参してくださいました。

 先般、岩坪師範は出勤しようとして車に跳ね飛ばされたのでした。自宅前の道路を三歩歩いて右側の足が出た途端、跳ねられたとのことです。垂直に飛ばされ振り落とされた瞬間、無意識に飛び上がった処をまた同じ車に、跳ね飛ばされたとのことです。たまたま同じビルに住んでいる保険外交のご婦人が現場の状況を観ていて、事故を受けた人には悪いけど、それはスタントマンのショーをみていたようでした、と述懐したそうです。

 そのご婦人は運転手に、私がみていたのだからね、と強く言い聞かせたとのことです。それは後々、加害者と被害者の言い分が食い違い、裁判等に発展することもあるための注意でもあったのかも知れません。

 事故当時は即死であってもおかしくない事故であったらしいのですが、警察官も救急隊員もそして救急病院の医者たちも、骨折もなければ異常が認められないのに、首を傾げたり笑ったりしたそうです。あなたは何者かと。

 後日、警察署に出頭した岩坪師範は警察官に、加害者の運転手は茶髪でもないし、一見真面目そうに見えるので、免停などの強硬措置でなく、出来るだけ穏便にしてください、とお願いしたそうです。

 岩坪師範が万一即死であったら、当該加害者は即逮捕され、交通刑務所に三年間ははいっらざるを得ないことになったと思います。それにしても何と運のいい、加害者と被害者でしょう。被害者の岩坪師範が、そういう清廉な人格だけに天が助けてくれたのだ、と私は観ています。

 今更書くまでもなく、岩坪師範は拙著『礼節のすすめ』でその人柄をご紹介しました。であるだけに、先代・梶原宗家から「皇刀軒流四代宗家」を譲られたのでした。人の運命は本当にわからないものです。

 NTTに勤務する一介のサラリーマンが刀剣道の宗家になり、空手道教師になりと、人の努力と継続がなしえたものとは申せ、天の導きに今更ながら、畏怖を覚えてなりません。近くは、大臣が修行のたりなさ故に、一寸した言葉遣いで責任をとらされ、罷免同様となりました。天の慧眼は自然の驚異・猛威、同様の神秘さがあるようです。

 こういった事象を踏まえれば、賢明な人は万物の霊長とした自覚をするのですが、チルドレン的政治家は、金バッジ、名誉、肩書に執着し、性懲りもない政治ゴッコを繰り返しているようです。元NHK職員であった財務大臣様は、テレビユに映る時は、それはそれは丁寧な言葉を遣いまずか、カメラマンとか記者たちには、「テメーラ」とか汚い言葉でののしると報じられています。

 そこに行くと、我が空手道円心会師範たちのマナーの良さ、人格は賞賛するに値すると、責任者の私は、その喜びを噛みしめています。

 お互い、交通事故を起こさない、事故を受けない、慎重な日々を送りたいものです。

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2011年9月16日 (金)

他人に厳しい型審判。

タイトル---他人に厳しい型審判。第981号 23.09.16(金)

 昨日の空手道稽古は子供たちが9名きてくれました。子供たちの突きをする時の気合いはそれは凄いものがあります。入門して3回目の山本龍星君小学3年生は『南洲翁遺訓』第一章をみんなと一緒に口をあわせていました。子供の暗記力に吃驚しました。第一章を朗誦する時の自信に満ちた声を聴き、今の政治家諸氏に聞いてくれ、といいたい思いでした。

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 第二部は上山初段と、田上さんと三人で稽古をしました。田上さんの突きの修め方は黒帯の熟練工同様です。見事な突きです。が、途中の型演武の際、腰を落とさないのが少々問題であります。

 終盤に上山初段にチントーの型を演武して貰いました。田上さんは私の横に座らせ、あなたは審判してください。厳しく観てください、とお願いしました。

 上山さんは根が大変真面目な方であります。最初の型の際、緊張したのか10手位した処で、間違えてしまいました。それを観ていた田上審判が、大きな自信に満ちた声で「駄目!、失格、やり直し」と手で合図をしました。上山さんは吃驚した様子で、審判の言うとおりやり直しをしました。

  ところが上山さんは、また間違えました。そこで田上審判が、またまた大きな声で「駄目!失格、やり直し」と言いました。そこで上山さんと私は大笑いしました。笑いながら上山さんは型のやり直しをしました。

 田上さんは、間違った時私が指摘すると、顔を真っ赤にして怒るのです。「なに、味園のハゲツルピン」と言って私のそばまで手を振り上げて抗議にくるのです。自分の型に他人が文句を言うと怒るくせに、上山さんには、「駄目!失格!やり直し」という厳しく自信に満ちた声で、やり直しを命じたのでした。

 その自信に満ちた態度が、これから田上さんを堂々たる男に仕上げてくれるのではないか、と期待と希望を抱いた次第でした。田上さんが、審判をし、他人にやり直しを命じたのはこれが初めてではないでしょうか。

 実は田上さんは、過去何十回となく、「失格、駄目、やり直し」と私に言われたのでした。そこで今回は、その仕返しに上山さんに「駄目、失格、やり直し」と注意し、溜飲を下げたのだと思います。

 田上さんに対して私が注意するのは、物事に遭遇したとき、冷静に、穏やかに対処して欲しいとの願いが込められているのです。何か問題が発生したら、自分で処理しなければならないからです。

 田上さんは、上山さんに厳しく命じた後で、私と一緒に大笑いしました。抱腹絶倒しました。とっても楽しい、厳粛な中にも和気あいあいとした空手道修行の一場面でした。

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2011年9月15日 (木)

森永様に関係資料を送付しました。

タイトル--森永様に関係資料を送付しました。第980号 23.09.215(木)

 一年前、新しい道の冊子に掲載されていた「日本と私」をブログに転載させて戴きました。それを三回にわたって書いたのですが、森永様は一回目の記事が読めないので再送信して頂けませんか、との要望がコメントで寄せられました。

 一年前のことであるので私もすっかり忘れていました。読み返してみて、これは、今日読まなければならない政治的問題も含まれていると思った次第です。

 そこでブログをコピーするなどして、拙著と合わせ先ほど森永様にメール便で送ってきました。

 上に書いた「政治的問題」について、ブログ第978号では次のように書きました。曰く、

〈---お金をバラマイテ、子供たちを甘えさせたら、50年後はどうなるのでしょう。

 そして三千年来続いた大和の国の、世界に誇る文化はどうなるのでしょう。仮に、変えるとした場合、ゆっくりと、穏やかに、国民的議論をしてからでないと、暴動がおこるであろうと危惧するのです。政策は政治家が提唱し、遂行してもいいのです。でも、国家日本の国体は不変でなければならないのです。そういった意味では、野田総理の一挙手一投足を十分監視する必要があると思います。

 財を求めない、謙虚にして、勤勉にして、労を厭わない、至誠の情があふれ、国家・国民を守る為政者はいないものでしょうか。〉

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 森永様は藤原正彦先生のご著書も読み、人柄も品格ただよう人として賞賛されています。そういった意味では私どもと歩調を同じくされる、日本国をこよなく愛しておられる方であると拝察した次第でした。

 歴史を学び、漢籍を繙き、自律・自立した自分を構築したいものです。

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2011年9月14日 (水)

文芸春秋十月号を購入しお読みになりませんか。

タイトル----文芸春秋十月号を購入し、お読みになりませんか。第977号 23.09.14(水)

 十月号の文芸春秋を興味深く読みました。できれば全部お読みください、といいたい処ですが、次の処だけでも、いかがですか。

 「一愛国者からのささやかな願い--頁92」、「原発 私は警告する 児玉龍彦-- 頁94」、「政商・孫正義の野望--頁134」、「政治こそ 日本最大の「災害」だ--頁162」、「今学ぶべきは誰の内閣か--頁150」、「ほんとに彼らが日本を滅ぼす---頁450」

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 読書は情報を戴くからとてもいいと思います。そして自分の思考とどう異なるかを検証する意味においてもよろしいかと思います。

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 今朝のNHKテレビで脳卒中をされた後のリハビリについていろいろ紹介されました。介護士が訓練の度、「すかさず褒める」ことをすれば快方に向かうということです。

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 ところで、これは、自分で自分を褒めて、やる気をだし、喜んで、楽しんで、ブツブツを言わず、くよくよせず、物事に感謝をし、建設的に過ごせば、病気にはならないという中村天風師の教えにつながると思います。

 昨夜の行軍は、天風述『心に成功の炎を』を聞きながら、午後9時自宅を出発しました。何回聞いてもいいなぁと思いました。特に老人はすぐ忘れるからです。

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2011年9月13日 (火)

編集手帳の紹介。

タイトル---編集手帳の紹介。第975号 23.09.13(火)

 平成23年9月13日、読売新聞編集手帳をご紹介します。

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 編集手帳

 〈普段はろくに目も留めない文章を二度三度と読み直した。ポップコーンの袋に印刷してある。<品質には万全を期して製造しておりますが、万一不都合な点がございましたら--->取り換えてくれるという◆閣僚名簿にもこの文章を添付してはどうだろう。失言の責任を取って鉢呂経済産業相があっさり辞表を出し、野田首相もあっさり受理した。あっさりしすぎてかえって気にかかる

 ◆「死の街」の稚拙な表現力も、「ほら、放射能」の悪ふざけにしても、かばうつもりはさらさらないが、読者のお叱りを覚悟の上で正直な感想を述べれば、「謝罪」以上、「辞任」未満あたりが妥当な”量刑”に思えてならない◆軽重で言えば、一川保夫防衛相が述べた「安全保障に関して素人だ」のほうが、はるかに罪が重いだろう。銀行の警備責任者が「私は警備の素人だ」と公言すれば、どこの誰が銀行の金庫に悪心を抱かぬとも限らない。不用意な発言が領土領海をめぐって近隣諸国の要らざる挑発行為を招かないか、心配である◆お菓子並みに”お取り換え”の利く内閣には、「あっさり」の第二弾を注文しておく。〉

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 辞任した鉢呂氏の、記者会見が報道された。初めは目を疑った。記者が問い詰める言葉に、である。学校の先生が、悪ふざけをした生徒を詰問している状況に似ていた。一言一言、言質をとり、詳しく言えと記者たちが噛みついた。

 その昔、自分が噛みついた状況と同じ光景が、演出されているのだなぁ、と思えた。鉢呂氏は北海道地区社会党の重鎮だと、昨日報道の「何でも言っていいんかい」で三宅久之氏が紹介した。どういう組織かは知らないが、社会党出身で「顎が立つ」人であったのだろう。社会党系の人は、顎の立つ人が多い。団体交渉で、会社側を追及する人々の発言を数多く見てきたのでした。

 人をいじめたら、必ず仕返しが来るのだ、これを天罰という、と72歳の今日、経験則と多くの読書を通じて肝に銘じている昨今であります。

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 因みに私は、空手道を通じて青少年教育をしていますが、子供を見下げた発言をしたことはありません。子供はすぐ成長するし、子供に対して失礼な発言をすれば、あの空手の先生の指導はなっていなかった、と思われるのです。だから、相手が誰であれ、侮辱するような発言・行為をしてはならないのです。

 20年位前のこと。中学時代の数学を教えて貰った先生と会いました。その際、丁重に自己紹介をし、ご挨拶しました。その先生は社会人となった私に対して、中学生の時と同様の態度と話しぶりでした。あ、この男、全く成長していないな、と思ったことでした。

 どういう人であれ、峻厳な人格があるのです。ビビル必要はないが、一人の人間として対応すべきなのです。私は、最近入門してきた4.5歳の幼児たちにも、敬意をもって対応しています。

 国会議員の諸氏も、肩の勲章は見せずとも、有権者を大切にする人の道を弁えた人間であってほしいものです。

 天網は恢恢として、疎にして失わず『老子』

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2011年9月12日 (月)

種子島、屋久島を自転車走破という夢。

タイトル---種子島、屋久島を自転車走破という夢。第974号 23.09.12(月)

 種子島、屋久島を自転車走破という夢を抱いて、娘が今朝出発しました。自宅を6時50分に出発し南埠頭まで送って行きました。

 あっちこっち見て回るのが病気である内の家内の血を引いているのでしょう、つい先日は四国一周をし、今回は種子島・屋久島に向けて今朝出発しました。

 自分で好きなことをすれば、病気をしないというからいいことではあると思います。昨日は鹿児島大学で英語の試験を受けるのだといって出かけました。娘の友達で、私の家に来てくれた大学時代の友達と明日屋久島で合流するのだそうです。

 今の私からみたら時間が勿体なくてという思いですが、こればかりはどうしようもありません。私の書斎には読みたい本が山ほど積まれています。これと格闘するのが迚も楽しいのです。だから時間が勿体ないのです。

 その昔、20代の頃、屋久島に仕事で応援に行ったことがありました。その時、宮之浦岳に二回登りました。当時は谷に大きな木を切り倒してそれを橋がわりにしていたものです。あれから50年、登山客も多く、危険なところがないようにとの配慮から原生林の面影はなくなっているようです。それでも屋久島の山はいいのです。

 とにかく人生を有意義に生きるべく努力したいものです。二度とないのですから。

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2011年9月11日 (日)

娘の友人ご夫妻を仙巌園等に案内しました。

タイトル---娘の友人ご夫妻を仙巌園等にご案内しました。第971号 23.09.11(日)

 娘の学生時代の友人ご夫妻が、種子島、屋久島へ旅行するとして昨晩拙宅へおいで戴きました。今朝は八時半出発で仙巌園、城山、南洲神社へとご案内しました。

 仙巌園では桜島が歓迎の噴火をし、降灰の中を散策しました。城山展望台では、桜島が見えない程の降灰でした。城山から見る雄大な桜島の写真は、全国数多くあるでしょうが、降灰の為桜島が見えない写真は皆無ではないでしょうか。

 そのご夫妻と道々お話しながら車を進めました。大学時代サッカーをしていたとお聞きし、その堂々たる体格に見入った次第でした。サッカーボールをめがけて突進してくるその体格で私に体当たりしたら、10メートルは弾き飛ばされるだろうなと思いました。

 上に「堂々たる」と書きましたが、国土交通省に勤務するというその方のご人格が、堂々たるものだと拝見しました。初めてお会いしてお互い緊張もあったとは思いますが、お話する数々に誠実さ、剛毅さ、勤勉さを感じた次第でした。その素晴らしさはスポーツ精神を通じて構築したものもあるであろうが、当該本人の人格のしからしむるものであろうと拝察した次第でした。

 12日月曜日は午前3時半起床で屋久島登山をするとのことでした。鹿児島南埠頭で無事のご旅行をとお送りしました。

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2011年9月10日 (土)

ノーサイドで日本再生を

タイトル---ノーサイドで日本再生を。第970号こ23.093.10(土)

 少し日にちが過ぎましたが、私がご尊敬申し上げる池田芳宏先生から、先日送信されてきた原稿をご紹介致します。

 これは南日本新聞社「ひろば係」へお送りしたが採用されなかったというものです。一読して、何故新聞社は採用しなかったのかな、と首を傾げた次第です。時局に敏感に耳を傾け、世論を人々とともに享受する姿勢こそ、メディアに求められていると私は思うのですが。

 感覚が乏しいとしたら、国民・県民の声を真摯に拝聴する姿勢がないとしたら、購読する人々も減少していくというのは自明の理というものでしょう。ご紹介します。

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 見慣れた政治劇で新しい総理大臣が誕生した。その野田佳彦民主党代表に元総理大臣が「政治に信頼を取り戻さないと国民が可哀想」というコメントに憤怒を覚えた。多くの国民は粗衣粗食でも臥薪嘗胆の覚悟で明日を信じて耐え忍んでいる。決して可哀想ではない。

 今日の生活不安、政治不信に陥れたのは誰かと反駁したい。同時に、庶民感覚に乏しい傲慢な指導者を仰いだことが慚愧に堪えない。

 野田新首相には国難とも言える課題山積する中、「ノーサイド」のスローガンは国民の支持を得られると思う。党内はもとより各野党とも協調して安定した政治を実現してほしい。

 次に、「雪だるま」論はマニフェストを一気に実現ではなく、内閣は震災復興を最優先に、雇用促進とか福祉充実など小さな「雪だるま」を一つ一つ押せば上がるのではないだろうか。

 わが国に対する国際情勢も厳しい折から、各野党も解散など騒がないで王者の風格を持って新内閣に任せてみたらいかがだろうか。

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 南日本新聞社が不採用とした「ひろば係」宛ての、県民の真摯な意見であります。ご覧になって如何ですか。

 実は、池田先生とは西郷南洲顕彰会評議員として過去数年ご一緒して参りました。中学校長を歴任し、国語・漢文等々に造詣の深い先生であり、曲がったことの大嫌いな薩摩武士を彷彿とさせてくれる先生なのです。

 先の「新『南洲翁遺訓』編纂」事件では、私と歩調を同じくし、執筆者に食ってかかりました。他の理事たちの中にも反対意見があったやに聞いていますが、私と池田先生ほどは問題視していないようです。要は、名刺に「西郷南洲顕彰会 理事 ○○○○」ということで満足している程度なのかも知れません。

 それに比べ私と池田先生は、『南洲翁遺訓』の精神よろしく、薩摩の武士道の精神よろしく、薩摩から非道なことをすべきではない、南洲翁遺訓を命に代えて出版した荘内藩士たちに申訳のたたないことをすべきではないという論であります。これが正論でなくて何でありましょう。私と池田先生に抗議された執筆者は詭弁を弄しているのです。

 実は政権が交替する丁度その頃、拙著『礼節のすすめ』を出版しました。その時民主党の鳩山さんが鹿児島にきました。私の本を読んだ人々が、拙著を鳩山さんに贈呈したいから、サインをして欲しいと言ってきました。そのサインに「日本の国を正常に!」と書いたのです。ところが正常にどろころか不正常にしてくれたと私は思っています。

 因みに私は、空手道場で『南洲翁遺訓』を青少年に教えて30年が経ちました。どの政党というよりか、長期的展望に立って国民を大事にしてくれる政党に応援をしたいと思っているのです。元総理の娘が国会議員になり、早々と大臣になるという人事をすれば、国民の感情を逆なでするということが分からないとしたら、そういう政権は国民の鉄槌を受けることは当然でしょう。

 一人政治家だけでなく、私たちも、一歩一歩堅実に日々を過ごしたいものです。

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2011年9月 8日 (木)

床取替工事がほぼ完了。

タイトル---床取替工事がほぼ完了しました。 第967号

 ほぼ毎日ブログを綴っていましたが、食堂床全面補修工事に着工し、ブログ書きをはじめ読み書きが全くできませんでした。昨日で9割がた完了しました。3日で35時間かかりました。茶碗・コップ・灰皿・丼など300個位廃棄しました。

 枕崎の実家にあった茶碗、家内の実家にあった茶碗等々家の解体に合わせ、私の家に持ち込んだのでした。両親が死亡しても、3年間は喪に服すというのが儒教文化のならわしであったとされますが、それを準用したわけではありません。ただ、今まで育てて戴いた親の存在を死亡と同時に忘れてはならないと思い、長年膨大な形見を残しておいたのでした。

 大工さんに依頼したら、20万円は請求されると思います。ブログをご覧になられた方、是非、ご自分で出来るよう、かねがねノコを引いたりしてください。

 こういった作業で大事なことは怪我・事故を起こさない事が鉄則です。水屋、冷蔵庫、食器棚等々動かしながら床板を張りつけるわけですが、作業する所が暗くなるので100W電球を場所ごとに移動させる訳です。その際、電球のコードがかけているところから落ちてしまったら、電球は壊れ大変なことになります。だから、一回一回、電気コードが落ちないようにジャンパー線で固定する必要があります。とにかく、何事にしても安全作業が優先されなければならないのです。

 途中コンパネを買うためナフコまで行く訳ですが、その際も、徹底した安全運転をしました。隣に乗っている娘に、忙しい時ほど、慎重に事を運ぶ事が要諦なのだよと教えました。

 因みに、道路を通行しているトラックにブルドーザーとかいろいろ積載して走っていますが、私に言わせたら半分が不合格です。極めて危険性があるのです。万一、事故が発生したら、次々に罪名が加算されて行くのです。

 とにかく、時間をかけても慎重にした方が善いし、早いということになるのです。

 『南洲翁遺訓』にある〈正道を以て之れを行えば、目前には迂遠なるようなれども、先に行けば成功は早きもの也〉(第七章)ということです。

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2011年9月 6日 (火)

近況報告。

タイトル---近況報告。第967号 230.09.06(火)

 昨日はブログを書く暇がありませんでした。台所の床が歩くたびへこむのでナフコで床板を買い取り替え工事をはじめました。食堂に40年間であつめた茶碗・コップ等々を道場一杯広げています。5日は夕方7時まで仕事をしました。

 6日は5時半起床、夕方までです。勤務時間の制限はありません。個人的労働だから、労働基準監督署は何もいいません。大根占電話局時代・係長の時は24時間体制で仕事をしたものです。真夜中に佐多岬まで測量に行ったこともありました。

 若手のガキどもは仕事はテゲテゲ、遊びは真夜中までしていました。私は愚痴は一切言わず、一人黙々と仕事をしたものです。

 元気の秘訣は、仕事に情熱的に体当たりすることだと私は何時も思っています。今日も頑張ります。

 チェストー。

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2011年9月 4日 (日)

9月3日、空手道稽古風景、その2.

タイトル---9月3日、空手道稽古風景、その2。第966号 23.09.04.(日)

 昨日は、午前中、小学女児の空手の舞の指導をしました。素晴らしい上達ぶりに感動しています。私も精魂こめて一回舞いました。この女児は凄い能力を持っているのです。私が過去差し上げた資料を片っ端から、書き写してくるのです。それが楽しくてならないというのです。その妹4歳の女児も、お姉さんにまけじと書いています。女児が書いてくるのは大人にも難解な作品なのです。

 昨日の稽古は初心者は大坪先生他の師範に委ね、私は一人ひとり子供を引っ張り出して実践組手の指導をしました。竹之内彪人君小学2年生の突きは凄ぐ重い突きに変貌してきました。3か月前までは気の入らない男児でしたが、最近、型といい、突きといい空手道本来の突きが構築されてきました。

 褒めながら導くという手法は子供たちの限界に挑戦して行くのです。稽古の途中、してはならないことを質問しました。西川君、竹之内君ほかも挙手をして発表してくれました。

1.泥棒をしないこと。お店のものを盗まないこと。2.刃物を持たないこと。人を傷つけないこと。3.マッチで火をつけないこと。4.女の子にいたずらをしないこと、を徹底的に教え込んでいます。

 ある青年が、イギリス人英語教師を強姦殺人した事件が発生しました。これはしてはならないことです。思うにこの青年のように男の子は長ずるにつれて女性に興味を持ってくるのです。こういう体質的なことを幼少から教えこまないと、人生を誤ってしまいます。今日の新聞によると、小学生の女児に悪戯をした先生が懲戒免職になり現在服役中であり、損害賠償に当該町が応じたと報道されています。国の最高学府を出た学校の先生がそういうことがあるのだから、子供たちには徹底して指導すべきだという思いで円心会では取り組んでいるのです。

 一部が終了してから、高段者二人に型を披露して貰い、その後実践組手の一発稽古をしました。元気ざかりの40歳で大変指導甲斐のある師範組手を堪能しました。型終了後、感想を見学した大坪師範、木場啓介師範に求めました。二人の師範とも大変素晴らしいと感想を述べてくれました。

 私も最後に一言といい、技術は最高だと思います。お二人の先生に一言申し上げたいことがあります。それは体重をそれぞれ減らしてください、とお願いしました。お二人とも、ご令室様のおいしいお料理が功を奏し、脂肪がはみ出しているように感じられましたので、そういうお願いをしました。

 先ほどしてはならないことを紹介しました。今度は身につけて欲しいことを書きます。

1.腰骨をのばすこと。2名前をよばれたら、「ハイ」という返事をすること。3.脱いだ靴・履物をキチンと外向きに揃えること、を徹底させています。これは、京都大学で教鞭をとっていた森信三先生の教えでもあるのです。森先生は勉強よりかこちらの方がはるかに大事だと著書にも書いています。同感です。

 多くの空手道場では、日本精神を知らない、ある外国人が「オス・押忍」という言葉を門下生に指導したのがキッカケでそういう汚い言葉が罷りとおっています。相撲協会の相撲とりの皆さんが、こういう言葉を日常的に使用したら、全国から抗議の言葉が飛んでくるでしょう。

 因みに空手道界は世間の人からみたら、対象外らしいのです。空手をするのはバカか気ちがい位しか思われてないようです。私がある耳鼻咽喉科の病院に行った時のことです。そこの病院の先生の処方と患者に対する対応が際立ってよかったので、お礼状と著書を送付しました。ところが、その病院の奥様が、空手をする人の中にもこういう人がいたのですね、首を傾げ、吃驚仰天したからです。

 長年、空手道界の事務局長をしてきましたが、ヤクザの一歩手前というのがゾロゾロいました。そういうのを物言わぬ一般の人々は熟知しているということです。

 でも日本空手道少林流円心会の門下生たちは異なるのです。それは『南洲翁遺訓』他漢籍を座右の書としているからです。

 折角修行して人々から嫌悪されるようではしない方がましということです。ある総理が退陣と同時に世論調査をしたら、全く評価しないあの男はゼロだったというのが40パーセントであったというのです。ということは国民の半分位のひとから嫌悪されたということでしょう。だから、『南洲翁遺訓』ほか漢籍を学ぶ必要があるのです。

 萬民の上に位する者、己れを慎み、品行を正しくし---第4章。

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9月3日、空手道稽古風景。

タイトル----9月3日、空手道稽古風景。第965号 23.09.04(日)

 昨日の稽古は述べ28名の参加でした。4.5歳の幼児たちも見学に来てくれました。最初は拳サポーターを着用し組手の稽古をしました。4.5歳の子供たちも初めて着用する拳サポーターに興味を示しました。

 終盤には『南洲翁遺訓』を各自開いて、大きな声を出して読みました。第一章を堂々と読み上げる時の熱気、そして、これは既に暗記しているのだ、という子供たちの自信に満ちた意気揚揚とした姿を見て胸が熱くなりました。見学にきた4歳の男児が帰り際、『南洲翁遺訓』をくださいと言ってもらいにきました。母上様と自宅で読むのだそうです。

 西郷南洲翁、菅実秀翁がこういう風景を見たら、聞いたら、堂々とした子供たちのその姿に見入り、心からの賛辞を贈るであろうと思った次第です。それは日本の国に生まれた逞しい青少年を養成することが目的であるからです。単なる学校での勉強だけでは駄目なのです。

 幼児をつれて来た母親様たちに次のことを話ました。稽古する姿をみて、ああしろとか、こうしなさい、と一切言わないこと。縦横斜めに子供たちを褒めてください、と話ました。成長の度合いにつれて、それは指導者が導いていくのです。

 今回も西川連君小学2年生が、『南洲翁遺訓』の第二章を見事に書いてきてくれました。荘内南洲会発行『南洲翁遺訓』の小冊子をすべて一通り書き終えて二回目に入りました。今時、こういう児童が全国の何処にいるでしょう。

 毎回漢籍の書き取りをさせているのですが、西川君はひとまず読んで、用紙を裏返し、すぐ言えるほどの記憶力抜群なのです。この導きは私でないと学校の先生では駄目であろうと思います。社会経験と多くの芸事の経験を積んできた私だからできるのです。

 だけど、これは人生のはじまりなのです。今出来たからと言って有頂天になっては人生を失敗します。そこの導きは私でないと出来ないと確信しています。今出来ている子供の保護者は走り過ぎないこと、今出来ていない保護者は心配しないこと、すべて指導者にゆだねてください。

 円心会道場で修行したある高校生は、大学受験勉強のため当分休ませてくださいと言ってきました。その御仁は円心会で一番、へたくそな、気の入らない子供でした。あれから10年、どの修行者よりも最高に上手くなりました。修行というのはそういうものなのです。これから50年、70年と生きて行く子供たちの魂の奥底に『南洲翁遺訓』の精神を植え付けているのです。

 これは西郷南洲翁の思いでもあり、菅実秀翁の思いて゛もあり、安岡先生の思いでもあると思います。生ある限り、倒れるその時まで自分でも学び続けると同時に、可愛い子供たちの先頭に立つつもりです。ご声援をお願いします。

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2011年9月 3日 (土)

漢籍、書き取りの紹介、35.36号。

タイトル---漢籍、書き取りの紹介、35.36号。第964号 23.09.03(土)

 第35号 『言志録』のことば 23.07.09

『言志録』は、〈憤の一字は、是れ進学の機関なり。舜何人ぞや、予何人ぞやとは、方(まさ)に是れ憤なり〉と教えています。

「発憤するの憤の一字は、学問に進むための最も必要な心意気である。顔淵(がんえん)が「舜も自分も同じ人間ではないか、成ろうという志さえあれば、自分だって舜のような人物になれるぞ」といったことは、まさに憤ということである。

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 第36号 「至道無難」のことば 23.07.09 

 「至道無難」は、〈何事も修行とおもひする人は、身の苦しみは消えはつるなり〉と教えています。

「あらゆるどんなことも修行だと思って取り組めば、辛さ苦しさは消えてなくなるのだ」というのです。勉強にしても立派な人間になるためだと思って、前向きに取り組みたいものです。やがて、修行だと思って頑張ってよかったと言える日がくると思います。

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 私がこの言葉を知ったのは、30年くらい前でしょうか。鎌田茂雄著『禅とは何か』を読んだときでした。この本の中に99冊の古典が紹介されていました。パソコン書きでなく手書きでしたので、重複している本があるかもわかれません。

 この本をきっかけに私の読書狂いが始まりました。爾来、片時も離さず何かの本は持ち歩いています。歩いていて読めない時、車の運転で読めない時は、自分で録音した本を聞いています。そしてまたNHKで放送されたテレビコラム、文化講演会の模様を録音したものを聞いています。お金がなくても、ギャンブルをせずとも、心は晴れ晴れとして迚も楽しいです、それは学べるからです。

 このブログをご覧になられた方もされませんか。ある有名なタレントが急に引退をされました。曰く、一人でいる時は、とてもさびしがり屋だったと書いていますが、大の大人が、なんということをぬかすか、という思いです。偉そうにベラベラ喋っていた男がです。腰をどっしりて据えて漢籍を読み、修養に心がければ、今回みたいな茶番劇は起きないのです。

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2011年9月 2日 (金)

漢籍、書き取りの紹介、33.34号。

タイトル---漢籍、書き取りの紹介、33.34号。第961号 23.09.02(金)

 第33号 『陰隲録』のことば 23.06.25

 『陰隲録』(いんしつろく)は、〈凡そ天の将に斯の人を発せんとするや、未だ其の福を発せずして、先づ其の慧を発す〉と教えています。

「およそ天がこの人間を大いに発達させようとする時には、必ず幸福を発する前に、まずその人間の知恵を発するものだ」というのです。知恵は人間の本質的・直観的なもの、つまりその人間の徳から発する良心の輝きであり、頭の良さ悪さではない。この知恵を発すれば、人間が充実し、立派になっていくのです。

 第34号 『南洲翁遺訓』のことば 23.07.02.

 『南洲翁遺訓』は、〈萬民の上に位する者、己れを慎み、品行を正しく〉と教えています。

 「人々の上の代表として仕事をする人は、自分を常に省みて、行いを正しく」しなければならないといのです。それは上に立つ人は、模範的な生き方をし、人々を導かなければならないからです。自分には厳しく他人には優しい、そして学問と仕事に好きな人間になりたいものです。学問は頭を鍛え、仕事は身体を鍛え、健康になるからです。

. 空手道の稽古日には、漢籍の書き取りをするため子供たちは競って早く道場にやってきます。それは一番早くきたひと3人には得点を与えることにしているからです。第34号については、この言葉は先刻承知しているよ、という自信たっぷりな気持ちで書いてくれました。未就学児童5歳位から『南洲翁遺訓』の言葉、漢籍の言葉を教え込んでいますので、50歳くらいになった時には、凄い逸材だらけの空手道場になると信じています。

 安岡先生の教えを度々お話していますので、子供たちは安岡教学の文献を手にするであろうと思っています。

 お子様をお持ちのご両親様、子供を甘やかさないでください。そしてタレントが引退し財産が30億だ、40億だと喧伝されていますが、そういう世界の話に翻弄されないように導いてください。同業者は神様みたいに言っている人がいますが、どうみても教育的でない隠された分野があります。これらはやがて、天が成敗してくれるのです。

 清貧であっても、強く正しく、清廉に、生きたいものです。

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2011年9月 1日 (木)

漢籍、書き取りの紹介。第31.32号

タイトル----漢籍、書き取りの紹介。31.32号。 第959号 23.09.01(木)

 

 第31号 『古文真宝』のことば 23.06.11

『古文真宝』は、〈書を読めば万倍の利あり〉と教えています。

「本を読むと何倍かの利益があるもので、けっして無駄になることはない」というのです。多くの本を読むということは、多くの著者と対話することでもあると思います。本を読むことは前向きの発想であり、健康維持のためにもいいとされています。毎日、すこしずつ読み書きもしたいものです。

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 第32号 『菜根譚』のことば 23.06.18

『菜根譚』は、〈世に処するには、一歩を譲るを高しと為す〉と教えています

「世の中に処していくには、一歩人に譲って低いところに自分をおくことが、むしろおのれを高くする方法である」というのです。一歩ひくいところにいて、日々の学問は人一倍やりたいものです。

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 菜根譚を購入したのが、20年前のことです。読んでみてこれは素晴らしいと思い、好きな言葉を書き写し壁に張ったりしました。

 弟の家に行ったら第一条の「道徳に棲守する者は、一時に寂寞たり。--」の全文を大きく書いて床の間にかけてありました。

 これは何の言葉なの、と聞いてみたら知らないということでした。県税の徴収で鹿児島の隣の郡山町というところを歩いていたら、大きな石碑に書いてあったというのです。弟は意味は分からないまま、なんとなく気に入ったというのです。

 弟に菜根譚の本を贈呈しました。爾来50冊くらい購入し関係者に差し上げました。現在、タレントであった有名人が緊急の引退をしたとかで、メディアでも喧伝しています。お金を持っていないからお前は言うのだ、とクレームをつける人がいるかも知れないが、お金は食べていくだけあればいいのです。

 長年『南洲翁遺訓』を学んできた私は、いつもそう思っています。空手道の会費は、大方門下生のために使うのです。ノートを買って書き取りをさせるのです。子供たちを縦横ななめにほめて、誠実で、節義を弁えた、根性のある、勤勉にして、勤労意欲のある、決してあきらめない人間になって欲しいと思って育てようとしているのです。でもふざける時はホッペをビシャリとやります。

 お蔭で素晴らしい子供たちが育ってくれました。これからまだまだ素晴らしい子供たちが巣立っていくのです。

 片手に『南洲翁遺訓』を、片手に漢籍を持って、前進します。有名人が手にする、何億だ、何十億だ、という浮ついた話に気をとられず、清貧でも意義ある人生を謳歌したいものです。

 

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